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大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)3526号 決定

申請人

竹林伸幸

右代理人

分銅一臣

村田喬

在間秀和

被申請人

佐世保重工業株式会社

右代表者

坪内壽夫

右代理人

和田良一

美勢晃一

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

(当事者の求めた裁判)

一  申請人

1  申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し昭和五八年九月二五日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一か月金三〇万三七〇五円の金員を仮に支払え。

二  被申請人

主文と同旨。

(当裁判所の判断)

一当事者間に争いがない事実

1  被申請人は、船舶の建造、修理、各種機械の製造、鉄構造物の製造等を業とし、肩書地に本社を、長崎県佐世保市に工場、仙台、名古屋、神戸、広島、福岡、長崎に各営業所を有する従業員数約三〇〇〇名の株式会社である。

2  申請人は、京都大学経済学部卒業後昭和三五年四月被申請人に雇用され、同時に被申請人の従業員で組織する労働組合佐世保労愛会(以下「労愛会」という)に加入した。申請人は、同年七月東京本社経理部会計課、昭和四一年四月東京本社企画室企画課、昭和四五年七月佐世保造船所調査課、昭和四九年二月同造船所機械業務部第一課、翌五〇年二月大阪営業所機械営業課にそれぞれ配属され、昭和四五年七月以降係長に昇進した。

3  被申請人(大阪営業所長小林)は、昭和五八年八月一七日申請人に対し、同月一八日から同月二九日までの間東北・北海道地区の市場調査を実施させるため、同地区へ出張するように命じたが(以下「本件出張命令」という)、申請人はこれに応じなかつた。そこで、被申請人は同月二二日申請人に対し、「就業規則第六九条一三号及び同条一四号を適用し、同月二三日付をもつて懲戒解雇に処する」旨の意思表示(以下「本件懲戒解雇」という)をした。

二懲戒解雇事由該当の有無

申請人は、本件出張命令には業務上の必要性がなく、人選も不合理であること、また、右命令は東北・北海道地区の市場調査を目的とするものであるから、同地区への配転を前提とするもので、本件出張命令自体が不当なものであり、したがつて、これを拒否しても業務命令違反と目すべきではない旨主張するので、以下検討する。

1  懲戒の規定

疎明資料によると、被申請人の社員就業規則第六七条以下に懲戒の規定があり、その内容は別紙一のとおりであることが一応認められる。

2  本件出張命令に至る経緯

疎明資料によれば、つぎの事実が一応認められる。

(一) 被申請人の不況対策

被申請人は昭和五三年六月倒産の危機に直面し、その経営再建のための株式会社来島どつく社長坪内壽夫が被申請人の社長に就任した。坪内は社内の合理化等を徹底的に推進し、経営努力を重ねた結果、昭和五六年度(昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日まで)には経常利益一六九億円を計上し(昭和五四年度には二一四億円あった累積債務を完全に解消し)、一億六〇〇〇万円の利益を繰り越すに至つた。昭和五七年度は当初の目標より大幅に少なかつたものの、経常利益八〇億円、未処分利益約四二億円を計上した。しかし、造船不況は更に深刻化する情勢であつたため、利益全額を内部留保にまわして株主配当を実施しなかつた。

被申請人は、深刻な造船不況のため事業の縮少を余儀なくされ、昭和五八年度事業計画においては五八〇名余の余剰人員を生じ、これを、右計画に基づき同年三月から七月の間に株式会社来島どつく他関連会社で組織する来島グループ内各社に出向させた。また、被申請人の生産体制の各一割を占める機械・鉄構部門の受注目標は前年度が機械部門一六三億円、鉄構部門一二七億円としていたところ、経営不振により昭和五八年度は、機械部門一二〇億円、鉄構部門一一五億円と引下げざるをえなかつたが、同年五月段階で両部門とも約三〇億円宛受注目標を更に下回る見込みとなつたので、急拠対策を検討した結果、来島グループが実施して成果をあげている外販事業を導入し、右不足額六〇億円を補填することとした。

(二) 外販事業の構想

外販事業の取扱商品としては来島グループが製鉄メーカーから一括購入する鋼材、中小造船メーカー及び中小船主らの必要とする舶用品、舶用機器、船具、溶接棒、塗料、土木建築資材等であり、受注として六〇億円を目標とした。外販事業の要員は、機械・鉄構営業部門のうちグループ内取引を整理し、機械部門のうち製鉄機械、産業機械類、鉄構部門のうち下降傾向をたどる官公需に関する営業等を思い切つて削減し、それによつて生じた余剰人員等をあてることとした。そして、機械・鉄構営業関係者を対象とし、昭和五八年七月から八月にかけて松山市において外販事業のための研修を実施するなどしたうえ、機械・鉄構各部門から各一二名宛合計二四名で外販事業を行い、同年九月事業開始を目途に外販部門が創設され、申請人は同年七月二二日右部門に配転された。

(三) 市場調査

外販事業の販売実施の市場として、東北・北海道地区は来島グループ内の他社と競合することもなく、また、被申請人の、仙台支店は鉄構を取扱つているだけで、同地区は機械営業の空白地帯でもあつたので、市場開拓のためにこの地区の市場の現状と将来性を判定するため、造船所の現況、船主の実情とその抱負、新造船の場合の資金・許容船価の実状及び現地の鋼材の流通状態等の調査を実施することとした。

被申請人は、右市場調査にあたる者を選出する基準として、調査報告能力を具備し、一定の年令と主任部員係長格以上の資格を有し、かつ、機械の営業経験のあることをあげ、選考した結果佐世保造船所機械設計の主任部員高塚(課長格)、大阪営業所の主任部員申請人及び藤川(いずれも係長格)を選出した。申請人については京大経済学部卒業、機械営業に約一〇年勤務しているほか、以前会社企画に勤務し経理、企画、調査を担当した経験を有することから、右能力があると判断された。なお、土地勘については市場調査員選出の要件とはされなかつた。

3  本件出張命令の合理性

以下の事実によれば、被申請人は不況対策の一環として昭和五八年九月発足予定の外販事業の実施のために、緊急に東北・北海道地区の市場調査をすることを必要とし、右調査について適切な人材数名を一定の期間同地区に派遣する業務上の必要を生じたことは明らかであるところ、右調査要員として申請人を選出したことについても、前記認定にかかる申請人の経験等からして一応の合理性を有するということができる。

4  本件懲戒解雇に至る経緯

疎明資料によれば、つぎの事実が一応認められる。

(一) 被申請人(大阪営業所主任部員天満「課長格」)は昭和五八年七月四日申請人に対し、松山市で同月七日より一〇日まで二日ずつ二班に分けて行われる機械・鉄構営業関係者全員を対象とした外販事業のための研修のうち、二班に参加するよう指示した。申請人は、二班の研修日程に日曜日が含まれており、日曜に個人的な用件があるので一班に参加できるよう変更して欲しい旨申出たが、認められなかつたため、右研修への参加を拒否した。

被申請人(大阪営業所長小林)は、同月二二日申請人に対し、新たに発足する外販部門への移籍と、松山市で同月二五日から八月一〇日まで実施される外販の研修に参加するよう指示した。右研修は二五日から二七日までは基礎知識の研修、七月二八日から八月一〇日までは来島グループの鼎商事において一週間ずつ二班に分けての実地研修を予定したものであつた。

申請人は、基礎知識の研修、二班の実地研修に参加し、八月一〇日研修終了後同月一六日まで振替休暇、慰労休暇、夏期休暇をとつた。

(二) 被申請人(本社機械営業部長北島)は同年八月一七日大阪営業所長小林に対し、同営業所の主任部員申請人及び藤川を東北・北海道地区の市場調査のため出張させるよう指示し、右営業所長小林は同日午後三時半頃申請人らに「東北・北海道地区市場調査実施依頼の件」と題する文書(疎乙第五号証)を示して本社からの指示を伝えた。その指示の内容は、釧路を中心とする北海道道東地区、小樽・札幌を中心とする道西・道南地区及び気仙沼を中心とする東北地区の三地区に各一名を八月一八日から一二日の日程で派遣するため、八月一八日午後一時本社に出頭を命じ、調査内容等詳細について説明を行うというものであつた。

申請人は小林所長に対し、本件出張命令は唐突で命ぜられる者の事情を全く考慮しない一方的なものであり、八月一八日本社集合は無理であること、申請人は北海道へは行つたことがないから、土地勘がないこと、なぜ仙台営業所から調査員を出さないのか、申請人は外販の経験がないから調査能力がなく、他に適任者があるから人選を再検討して欲しい旨述べてこれに応じなかつた。

小林所長は申請人に対し、会社の営業では業務の性質上即刻出張を命じることもしばしばあり、本件出張命令は外販事業の市場調査を目的とし、緊急に実施する必要があり、唐突とはいえないこと、人選は一定の年令に達した係長以上の者の中から経験等を勘案して行つたもので、外販については新規事業であるから、その経験を有する者はいないこと、土地勘は市場調査の上では重要ではないことを説明して、本件出張命令に従うよう説得し、更に円滑に事を処理するため、八月一八日本社集合が無理なら外販部門の最高責任者である北島部長に相談して一九日本社集合にしてもらう旨告げた。そして、小林所長は北島部長に電話で本社集合日時の延期を依頼したところ、同部長から営業マンがこの程度の命令に従えないとは何事かと叱責されたが、結局同部長の了解をとりつけた。

(三) 小林所長は八月一八日申請人を呼び、出張の準備をするよう命じたが、申請人は前日述べた理由に加え、本件出張命令は市場調査を目的としているが、これに従えばその土地や人とのつながりができてくるので配転の適任者となるおそれがあり、配転されると申請人が被申請人との間で中央労働委員会(以下「中労委」という)において係争中の昭和五六年一月の係長研修参加拒否に関する救済命令事件について関西在住の申請人代理人らとの打合せが困難となる等大きな不利益を被るし、住居地域での住民運動もできなくなる旨主張して、本件出張命令に従えないと返答した。

小林所長は申請人に対し、本件の出張は単純な出張命令であつて将来の配転を条件としたものではなく、本件の出張と配転は無関係であること、一度調査に廻つた位で客先との取引関係ができる筈もないこと、出張期間も八月二九日までであり、中労委の調査期日は九月一六日であるからその準備に支障はないし、住民運動に支障が出ることは業務命令拒否の理由とならないことなど説明し、本件出張命令に従うよう説得した。

申請人は、調査期間内に調査が完了できない時はどうするのかと質問し、更に出張と配転は関係ない旨の説明は信じられないとして納得せず、外販部門の責任者に予定されている北島部長との面会、電話による話し合いを要求したが、小林所長は、出張期間が延びることもありうる旨答え、上司との面接等には応じなかつた。

(四) 小林所長は八月一九日申請人に対し、改めて出張に応じるよう説得したが、申請人は配転しないと約束するなら出張には前向きに対応したいと答えたものの、小林所長は将来の人事配置についてそのような約束はできないということで物別れとなつた。

小林所長は北島部長に対し申請人の出張拒否の経緯について報告したところ、北島部長から更に説得を重ねるように指示され、再び申請人に説得を重ねたが、申請人は承諾しなかつた。なお、小林所長は、申請人が中労委での係争に支障がある旨述べたため、三甲野勤労部長にそのことを伝え、同部長から将来会社の業務命令により申請人の中労委での準備に支障が生ずるような場合には勤労部長の責任で善処する旨の回答を得て、これを後記(七)のとおり申請人に伝達した。

(五) 被申請人の全社的な労政、勤労企画業務は佐世保造船所勤労部の担当であるが、大阪営業所を含む本州地区の勤労業務については本社管理部長が取扱うことになつている。三甲野勤労部長は、大阪営業所の報告を受けて直ちに事実関係を調査し、申請人があくまで本件出張命令に従わない場合は厳しい処分を行う必要があると判断し、本社管理部長に対し諸手続を依頼し、八月二〇日に本社において賞罰委員会が開催された。

賞罰委員会は会社が不況対策として外販事業を実施すべく、その前提としての市場調査のための出張命令には強い緊急性があること、申請人の苦情を容れ、本社集合の日時を延期したこと、本件出張日程が八月二九日までであり、中労委での係争に支障があるとは全く考えられないこと、更に小林所長が前記の事情を申請人に説明し、本件出張命令に従うよう再三にわたり粘り強い説得を重ねたのにもかかわらず、主任部員係長格である申請人がこれを拒否したことは就業規則第六九条一三号のその他諸規則・達示に違反し、その情状とくに重いとき及び同条一四号の前条各号の一に該当し、その情状とくに重いとき、第六八条四号後段の上長の指揮命令に反抗し職場の秩序を乱したときに該当すると判断し、小林所長及び北島部長が改めて申請人を説得し、なおそれでも応じない場合には懲戒解雇を相当とする旨答申した。

(六) 被申請人と労愛会との労働協約上、組合員の賞罰に当り、会社・組合おのおの選定した委員よりなる委員会を設け、その意見を徴して賞罰を行う旨規定されていることから、被申請人は八月二二日佐世保において労務委員会を開催し、組合側に対し、出張命令に従うよう更に説得するが、従わなければ懲戒解雇する旨提案し、組合側もこれを了承した。

(七) 被申請人の北島部長及び小林所長は三甲野勤労部長の連絡を受け、八月二二日午後四時三〇分頃から約一時間半にわたり申請人に対し本件出張命令に従うよう説得し、従前の説明に加えて、三甲野勤労部長が将来とも中労委の係争に不利益のないよう善処する旨約束することも伝えたが、申請人は、敵の言うことは信用できないなど言つてこれを納得しないばかりか、これからも不当な業務命令には従えないなどと宣言する状況であつた。そこで、小林所長は申請人に対し、本社決定に基づく本件懲戒解雇の通知書と封筒に入れた解雇予告手当を手交しようとしたが、申請人は封筒を受取らず、解雇通知書のみ受取つた。

なお、申請人の本件出張拒否のため、代替要員として既に九州地区の市場調査をしていた名古屋営業所主任部員谷口(課長格)が急拠派遣された。

5  申請人の業務命令違反

(一)  労働契約において、労働者は一般的に使用者の指揮命令に従つてその労務を提供すべきものであるところ、疎明資料によれば、被申請人の社員就業規則には社員はこの規則を遵守するほか、諸規則・達示・その他上司のさし図に従い、誠実に会社の職務に従事しなければならない(第三条)、会社は業務の都合で、社員を転任・転勤または職場・職種を変更させることがある(第三九条一項)、社員は正当な理由がなければこれを拒むことができない(同条三項)旨定められていることが一応認められる。

そして、本件出張命令が前説示のとおり被申請人にとつて緊急に必要なもので、かつ人選についても合理性のあることが一応認められること、出張命令の内容も営業部員に対する命令として苛酷なものとも認め難いものであること、申請人が本件出張命令を拒否する事由として述べた各事由及びそれに対する被申請人の対応の状況等を対比して考えてみると、一従業員として出張を断わるのも巳むを得ないものと判断すべき社会的相当性や客観的緊急性があるものとは認め難いから、申請人が本件出張命令に従わなかつたことは業務命令違反の評価を免れることができず、前記社員就業規則六九条一三号及び一四号、第六八条四号後段に規定する事由に該るものということができる。

(二) 申請人は、本件出張命令に従うと配転につながる旨主張する。

疎明資料によれば、前記外販の基礎研修において、名販のテリトリーは日本全国であり、研修終了後直ちに自己の外販のテリトリーの調査をするなど外販の仕事をせよと指示したこと、大阪営業所で申請人と同じく外販に配転された荒木、田中が一班の実地研修から帰るとすぐ関西の中小造船所の挨拶まわりを始めたこと、八月一〇日夕方実地研修の帰途申請人が北島部長に中労委で会社と係争中だから転勤できないと話したところ、北島部長は業務上配転はあり得ると答えたこと等の事実が一応認められる。しかし、さらに疎明資料によれば、北島部長は外販の基礎研修において、外販事業実施にあたつて課長以上の者は勤務地の変更を伴うことがありうるが、係長以下の者は原則として転勤はない旨説明したことが一応認められるうえ、申請人に対し本件出張命令に従うよう説得した過程で出張が直接配転につながるものでないことを説明したことは前示のとおりであるから、申請人が出張即配転につながると考えたとしても、そのことを以て出張命令を拒否する正当な事由になしうるとは認め難い。

三不当労働行為の成否

申請人は、本件出張命令及び本件解雇はいずれも申請人の組合活動の故になされた不利益な取扱いであつて不当労働行為に該当するから無効であると主張するので、以下検討する。

1疎明資料によれば、つぎの事実が一応認められる。

(一)  申請人は、被申請人に入社と同時に労愛会に加入し、本社勤務当時労愛会東京支部の青年婦人部役員、副支部長、書記長及び支部長を歴任し、その間読書会の主催及び文化部の創設等の文化活動を活発に行い、都市手当の増額及び住宅手当の創設等の要求並びに広報宣伝活動強化のための「支部ニュース」の創刊等の活動を行つた。

(二)  申請人は、昭和四九年八月労愛会会長選挙(以下「会長選挙」という)に立候補したが、それまで組合三役に対立候補が出たことがなく、また執行部の経験のない組合員が立候補すること自体もなかつたため関心を呼び、申請人が執行部のいわゆる労使協調的路線を批判して約二六〇〇票(得票率約四五パーセント)を得たものの約三二〇〇票を得た現職の国竹会長に敗れた(もつとも、対立候補が立たなかつた昭和四七年、昭和四八年の会長選挙においても現職会長に対しそれぞれ二二〇〇票、二三〇〇票の不信任票があつた、)。

申請人は昭和五一年、五三年、五五年及び五七年に行われた会長選挙(昭和四九年以降隔年実施)に立候補し、合理化、執行部の労使協調路線等に反対の主張をしていたが、いずれの年の得票率も同人が昭和四九年に立候補したときの得票率を下まわり当選しなかつた。

また、申請人は昭和五一年以降五六年まで毎年労愛会大阪支部(以下「大阪支部」という)支部長選挙にも立候補したが、いずれも当選しなかつた。

(三)  被申請人の経営を再建するため昭和五三年六月二九日現代表者の坪内が就任したが、その際労愛会に①基準賃金の一五パーセントカット、②定期昇給、ベースアップ及び一時金の三年間ストップ、③週休二日制の廃止、④D2P訓練の実施、⑤看板方式(ノルマを設定してそれを達成させる方法)の実施という五項目の合理化案を提案した(以下これらの提案のうち①、②及び③を「合理化三項目」という)。

労愛会はD2P訓練の実施及び看板方式の実施については直ちにこれを受諾したが、合理化三項目については労働条件の変更に関すると判断し、労使協議会の協議を経、さらに昭和五四年二月一五日の労愛会代議員大会で審議したうえで受諾する旨決定し、その旨被申請人に通知した。

(四)  申請人は被申請人から昭和五三年九月一二日D2P訓練への参加指示を受けた。日程は三泊四日で研修スケジュールは別紙二1のとおりであつた。申請人はD2P訓練について午前七時から午後一一時までが拘束時間となつているのにも拘らず時間外手当が支給されず、労働基準法に違反している旨佐世保労働基準監督署(以下「佐世保労基署」という)に申告した。佐世保労基署は調査を行い、九月二〇日教育訓練と自主参加の時間帯の区分を明確にすること等の指導を行い、被申請人はこれに従い午前七時から八時一五分の規律訓練と午後七時三〇分からの夜の訓練(自主討議)を自由参加とし、その旨研修対象者に通知する等の措置をとつた。

申請人は右指導後D2P訓練に参加したが、右訓練の講師である中央経営研究所の氏家康二(D2P訓練の開発者)に午後七時三〇分以降の自主研修は自由参加となつているので参加しないと告げた。申請人は氏家講師らからこれに参加するよう説得されたが応じなかつた。そこで、氏家講師らは他の研修生の迷惑になるので聴講生としてD2P訓練に参加するよう命じ、自主研修以外の研修についても聴講生であるとして質疑に加わることを許さず、また、申請人一人だけ別室で宿泊させた。

(五)  申請人は、昭和五三年一一月三日以降しばしば「むつと鞭」と題する文書を作成し、自己に同調する者らに配付し、被申請人の合理化施策を批判していた。申請人は、昭和五四年一月二八日、二月に行われる労愛会代議員大会(以下「代議員大会」という)を前に、被申請人佐世保造船所構内で「坪内合理化粉砕」というゼッケンを着用して、合理化三項目の粉砕を訴えるビラを配付した。

前記合理化三項目は二月一五日に開催された代議員大会で受諾され、実施されたものの、組合員の収入減が著しいとして次第に不満が高まり、労愛会はその後一二月になつて合理化三項目の撤回を要求してストライキに入り、ストライキは昭和五五年二月までの間五波計五九二時間にわたつて行われた。

その頃、労愛会本部から大阪支部にも自宅待機の指令があつたが、申請人はこれに従わず、「坪内合理化粉砕」というゼッケンを着用して大阪営業所玄関前において単独で抗議行動を行つていた。

(六)  被申請人大阪営業所長渋谷は昭和五六年一月二九日申請人に対し、同年二月一二日から一四日まで別紙二2の研修スケジュールにより佐世保市菅原研修所で実施される係長研修に参加するよう指示した。

申請人は渋谷所長に対し、一九時以降の自主研修は自由参加であるのかなどと質問し、同所長は自主研修は参加の有無を研修生の自主性に委ねるものであるが、積極的に参加してほしい旨答えた。申請人が自主研修に参加するか否かは佐世保市に行つてから決めたいと返答したところ、渋谷所長は、積極的に参加する意欲がないとして、申請人に参加しなくてよいと述べ、申請人は係長研修に参加できなかつた。

そこで、申請人は同年五月被申請人の係長研修参加拒否が不当労働行為に該るとして大阪府地方労働委員会(以下「大阪地労委」という)に救済申立をしたところ、同地労委は昭和五八年五月一九日申請人の主張を認め、被申請人が申請人に対し今後右のような行為を繰り返さないことを記した文書を手交するよう救済命令を発した。

被申請人は右命令を不服として中労委に対し再審査の申立をし、第一回調査期日が昭和五八年九月一六日と指定された。

2  右の事実によれば、申請人が労愛会の労使協調路線を批判して昭和四九年労愛会会長選挙に立候補以来被申請人労使関係者の注目を受けたであろうこと、D2P訓練の労基署への申告、係長研修参加拒否についての地労委への救済申立などは被申請人にとつて困惑の材料を提供したであろうことは容易に推測しうるところである。

しかしながら、本件出張命令が前記のとおり業務上の必要に基づくものであり、人選にも合理性に欠けるところがなく、それ自体申請人の組合活動は勿論、その他の点においても申請人に特に不利益を与えるものではなく、本件出張命令及び本件懲戒解雇の時期とそれに至る経緯をみれば、それが申請人の入社以来の労働組合にかかわる所為に対し不利益な取扱いをするものとしてなされたものであると認めることはできない。

なお、申請人は被申請人が大阪営業所において申請人に対し、仕事を与えず、職場八分の状態において差別してきたと主張し、疎明資料中これに副う申請人本人の供述もあるが、疎明資料によれば、申請人の所属した大阪営業所機械営業部門はその受注高が昭和五〇年は約二〇億円あつたものが、昭和五一年以降一〇億円前後に急減し、昭和五四年には約九億円であつたこと、特に申請人が担当していた産業機械類は昭和五二年二億四〇〇〇万円、昭和五三年は六〇〇〇万円、昭和五四年は三〇〇〇万円と激減しており、申請人だけでなく産業機械担当者全員が仕事のない状態となつていたことが一応認められることに照らし、右供述部分は採用し難く、他に、これを認めるに足る疎明はない。

以上の次第で申請人の不当労働行為の主張は理由がない。

四懲戒解雇権濫用の有無

申請人は、申請人が本件出張命令に疑問をもち、釈明を求めた行為は当然のことであり、この釈明要求に応じなかつた被申請人の態度にこそ問題があり、自己の不誠実さをかえりみることなく本件解雇に及んだことは解雇権の濫用にわたると主張する。

使用者が懲戒権を行使するには、処分の対象となる行為の動機、態様、結果等を考慮し、処分の内容が著しく均衡を失することのないよう配慮すべきであるが、前記懲戒事由該当の有無の項で説示したとおり本件出張命令拒否が重大な業務命令違反に該るうえ、本件解雇に至る経緯に鑑みると被申請人が懲戒解雇を以て臨んだことに配慮を欠いたと認むべき点はこれをうかがうことができない。

本件出張命令拒否により被申請人にとりたてて損害を与えていないとか、懲戒解雇は刑事罰を受けた場合に限られていたとかと述べる申請人の供述があるが、申請人の本件出張命令拒否により被申請人は急拠他営業所からの代替要員の派遣を余儀なくされたことは前記のとおりであり、さらに申請人が一介の従業員ならともかく、大学卒のいやしくも係長格の地位にありながら、被申請人の従業員が一丸となつて新たに不況対策としての外販事業に取組もうとしている重要な時期において、自説をかたくなに固持して本件出張命令を拒否し続け、しかも疎明資料によれば、申請人は本件出張命令の出張日程内である昭和五八年八月二〇日夜住居地付近の常盤公園で、同公園を守る会の代表者として地域の子供らとミニキャンプに参加したことがうかがわれることなどからすると、申請人の業務命令違反は被申請人の従業員の士気に著しい悪影響を及ぼし、職場の秩序を乱したものとの評価を受けても巳むをえないものというべきであり、その他本件の疎明資料を検討しても、本件懲戒解雇が権利の濫用にあたることをうかがわせるに足るものがないから、結局、申請人の解雇権濫用の主張は理由がない。

五結語

してみれば、本件仮処分申請はその被保全権利について疎明がないことに帰するところ、疎明に代わる保証を立てさせてこれを認めることも相当でないから、本件仮処分申請はこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い主文のとおり決定する。

(志水義文 上原理子 大工強)

別紙一、別紙二〈省略〉

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